私は幸せをかみしめている。
どうしてかというと、元気だから。
嫌で嫌で仕方ない時もある。
男には7人の敵がいるものだ。
先日は、車を運転していて違反した。
一方通行を逆に入ってしまったのだ。
お巡りさんは、少しでもバックしていれば、考えてあげるよ、とビッグマウス。
ふん?という言葉が浮かんだものの、口にはしなかった。
悪いのは俺だ、お叱りも受けます。
またほかに、提携先の人との関係において、非常につらい時もある。
些細なことで子供たちとののしりあうこともある。
そんな日には、ばかやろーと言いたい。
本当に言ってしまって後悔したこともある。
それにもかかわらず、小生は幸せだ。
幸せってそんなに軽いのかって?そう、間違いない。
少なくとも自分は。
いや、それはちがう、というひとの方が多いでしょうか。
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幸福の尺度はひとさまざまですから、至極当たり前なことです。
人によって名声を得ることが一番の幸せと感じるかもしれない。
そういった人たちは、別件で幸福を感じ取ることは不可能だろう。
気の毒だなあと思います。
あれもこれも、たくさんのことを手にしなければ、幸せを感じられないひと、そんな人だって間違いなくいるだろう。
想像できないような苦労をして額に汗しているのだろうな。
これまでおのれが幸せだと思ったことはない、という人間違いなくいるでしょう。
ひどく辛かろう。
自分はきわめて単純である。
なので、つらいことは本当にすぐに忘れることができる。
非常にありがたいことだ。
ポイントはそこでしょう。
ですから結局、幸せの第一条件は単純であることだ。
よって、些細なことに幸せを感じられるのだろう。